ゴッホのバウムに焦点を合わせて

 おわりに

1)ゴッホの描画の中で特に樹木画部分に焦点を当てて考察を進めて来たことは,バウムテストの応用性も保証したと思われる。ゴッホの複雑に変遷した生涯は、ある程度整理され、把握し易くなったと思う。

 ゴッホは10年間で約2000点の絵画を描いたと言われるが,画集になって調査対象に出来た作品は少なかった。しかしゴッホの絵画群は既に評価され選別されていたので,彼のパーソナリテイ—が把握しやすかった。また,ゴッホの遺した多くの記述資料は,炎の人ゴッホのイメージを変えた。倫理観を有し,訴訟について語る現実的な面や,家族に思いやりを示す人間味を有するゴッホ像が浮上した。文筆力と読書力は豊かで知性があって,理性を欠いた耳切事件の「炎の画家」イメージとは異なるゴッホ像が浮かんだ。

2)ゴッホの樹木分類から見ると,<細長幹型—つぎ木型—火炎型(糸杉)>へと年を追って変遷した。書簡などからわかる背景を重ねると,より明確に精神状態の変化が投映されているように思える。つまり,ゴッホのパーソナリテイの変化が,明確になって把握し易くなったと思う。特筆すべきは,ゴッホがアルル以降からサンレミ時代にかけて,病態面で発作の予感や危機感で精神的に不安定になった一方,芸術面,創造性は最盛期を迎えた点である。病跡学的な見地から,創造性と精神病との相関関係は,樹木部分の分かり易い変化によって推察されたと思う。また,新たな発見もあった。パリ時代〜アルル時代に限定されるが,ゴッホがエネルギーを注入した対象物「向日葵」の持つ意味についてである。時期的には,「つぎ木型」と「火炎型」糸杉の樹木画の時期の間に位置する。「つぎ木型」の頃,ゴッホはエネルギーを強く押し殺し,内に向けた抑圧緊張状態であったが,逆に「火炎型」糸杉では,エネルギーが燃えさかって外に向けて噴出している。この間の転換時期に,「向日葵」シリーズが描かれている。ゴッホが自己投映した静物画の中で際だっているテーマで,パリ時代に5点,アルル滞在時に7点描かれていることが記録として残っている。「向日葵」は,太陽になぞらえられる様に,エネルギーを含蓄している中心性のある形体である。背景色も同系の黄色にしている為,「向日葵」の周囲から圧縮されず,拡がりも感じられる。その結果,ゴッホの「向日葵」には集中と拡散の動的要素が引き合って緊張感を保ち,安定を保っている状態である。つまり,「向日葵」を造形要素から分析すると,円形に中心が有り,黄色空間の中で円同士がエネルギーを保有しつつ含蓄し,緊張感を保っている静止状態と思える。筆者には,直感的にその造形要素が,曼荼羅と近似し,共通しているものが存在すると思われた。因みに,箱庭療法では,曼荼羅表現が表れた時,変化の予兆とされると聞いている。実際,アルルで芸術家村の構想を持ったゴッホは,「黄色い家」を借り,ゴーギャンを招いた。その共同生活も7点の「向日葵」を描いた頃の2ヶ月に,ゴッホが耳切事件を起こして終わっている。それ以後,「向日葵」は描かれていない点も注目される。心の投映対象もイチイ型(火炎型の糸杉)の樹木へと変化し,その変化から窺えるようにゴッホの病態も重くなって行ったと思われる。そして,従来の自殺説からは,その後ゆっくりと自殺へ向かっていったことになる。しかし,近年,ゴッホの病態はオーベールへ移ってから落ち着きを見せていたとして,自殺の誘因についての定説を覆す説が出て来ている。マンダラについてユングが述べる以下の様な話がある。「マンダラとは<中略>精神の像<中略>であって,<中略>それは心の平衡が失われている場合か,ある思想がどうしても心に浮かんでこず,<中略>みずからそれを探し出さなければならない場合などに,(能動的な)想像力によって徐々に心の内に形作られるものである」と,チベットの高僧がユングに語ったと言われている。つまり,人間には,潜在的,能動的(自力的)に,「心の平衡」を保持しようとする機能があるが, マンダラを描くかイメージすることによって増幅される可能性がある事;また,精神の均衡を失っていた場合, マンダラのような図を描く行為は,その心が癒されてゆく過程と成り得ると言う意味に解釈されている。(Jung, 1952 , 池田(訳)1972)                                

  

心のキーステーション

【マインドフルネスとアート・セラピーが醸し出すハモニーです】マインドフルネスは、瞑想を用いる心理療法です。アート・セラピーはアートが持つ力を用いる心理療法です。

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